2009年7月31日金曜日

いいおばさん

今日の大朝は曇り時々晴れ。蒸し暑い。今年の夏はどうなっているのだろう。大朝は8月も盆を過ぎると例年は肌寒さを感じるようになる。それまでに梅雨は明けるのだろうか。先日、台北出張の時の1コマである。ホテルに戻るとピアノの音が聞こえる。見るとラウンジで演奏していた。ムードに負けて、カウンターに座り聞くことにした。周りを見ると外国人ばかりである。ワインの注文も頻繁にあり、私がすわっているカウンター横でグラスに注ぐのであるが、その光景が余りにも面白く「耳はピアノ、目はグラス」状態。
ワインの分量を正確に揃えるのに、目線を平行に何度も何度もチェックし、また、第三者にもチェックをしてもらい、お客に持って行く。完全にマニュアル化している。・・・私は「そこまでしなくても」と思うが、お客様は厳しいのだろう。ふと、その光景を見ながら昔の事を思い出した。田舎の駄菓子屋での事であるが、子どもであるため、釣銭の代わりにお菓子をもらっていた。「5円のお釣りの時は5円のお菓子」と言った感じである。5円のお菓子がない時は10円の菓子を半分にしてもらい、半分を貰う。・・・・その時である。均等に割るのであるが、どうしても大きい方と小さい方が出来てしまう。その時、お店のおばさんは必ず大きい方を渡してくれていた。それが嬉しくてうれしくて…。「いいおばさん」だとずっと思い続けていた。知らず知らずに、自分自身、その嬉しさが快感になってしまいそのような時には「大きい方、多い方」を相手に渡す習慣になっていた。・・・・あのワインのようにピッタリ、同量に越したことはないが。

2009年7月30日木曜日

拳拳服膺(けんけんふくよう)

今日の大朝は曇り、久しぶりに良い天気になりそうである。7月度は国内外の出張が続き、慌ただしく過ぎてしまった。広範囲に動いてみて痛感した事は余りにも大きな変化である。世の中全体が恐ろしいくらい大きく変わっている事である。「大朝山の山猿」では太刀打ちできない。自ら、変化変化と掛け声はかけるが実は「現状の守り」に入っている事が大海に出て初めて良く分かる。孔子は、正しいことをやっている人間を天は決して見放さない、と自分の歩む道に絶対の自信を持っていたと言う。古典から学ぶことは本当に沢山あると思う。こんな一節もある。会社や家庭、地域でもみな当てはまるのではないだろうか。何かをなそうと思っても、すぐに諦めてしまうのも私を含め若者の特徴である。孔子や孟子はこのように言っている。「弟子が「先生のご説明には大賛成ですが、それを実行するのは、私には力不足で出来ません。」と言うから、出来ないと言うのは途中までやって、ぶっ倒れた者が言うセリフだよ。おまえのは、(出来ない)ではなく、(やらない)の言い訳じゃないか。自分で自分をダメ人間扱いしているのと同じだぞと諭した。」日常でよくある話である。また、目先の損得重視の現在、「思いやり、正義」が大切な事は良く分かるが、このような事も言っている。「思いやりが冷酷や非道に打ち勝つのは、あたかも水が火に勝つ様に自明のこと。ところが、最近の思いやりを心がけていると称する者は、まるで車に一山もある薪が燃え盛っている時に、その炎に向ってコップ一杯の水をかけているようなものだ。それで火が消えないと、なぁんだ、やっぱり水は火に勝てないんだ、思いやりや正義は悪や冷酷に勝てないんだと諦めてしまう。それでは冷酷や非道が世にはびこるのに手を貸しているようなものだ。どうして、もっと多くの水をかけたり、たとえコップでもかけ続けようとしないのだ。」・・・・・・。実に参考になる言葉である。
是非は分からないが政局も経済も「変化が起きる前には必ず決断がいる。」誤った事だけは避けていただきたいものである。私自身もこの言葉を拳拳服膺し、舵取りをして行きたい。

追記
拳拳服膺(けんけんふくよう)・・心に銘記して決して忘れないこと。