2012年1月13日金曜日

貧しいけれども卑しくない。

今日の大朝は曇り。今日も寒い日である。広島市内は空・陸とも警察官、新聞記者をいたるところで見かける。脱走者の捜査も広範囲に及んでいる。被害が起きないことを願うことしかできない。
「貧しいけれど卑しくない。」昔の日本人は外国人から非常に感銘を受けていた。この頃は、豊だけれども、卑しくなっていた。こんなに恵まれているのに、もっともっとと際限なく、どこまで行くのですかと言うことだ。大震災を含む大自然の警告を受け、助け合う心、人を立てる心、まさに日本人の
DNAが蘇ってきたということに期待する人も多いと思う。コミュニケーション、日本語として表現され始めたが実に当たり前で、難しいことである。社内でも人事や重要なことは、直接、膝を交え話そう。時間がない場合は電話で。何度となく、繰り返し言うが、メールでやり取りしたりしている。
野田改造内閣も本日からスタート。また言いたい放題、やりたい放題で同じことの繰り返しになると思う。言いたい事を言うのは勝手であるが、「言葉は残る。」と言うことを自覚し、もう少し、自らの地位から来るものだと思うが謙虚な気持ちになれないものだろうか。
社内も一緒である。通常の会話や日常生活での言いたい放題やり放題。結局は信頼関係をなくして、誰も相手にしなくなる。高等教育や高い技術は表面に出ることは無くお蔵入り。
余りにも残念である。自己評価ではなく他人が評価して浮かばれる。自分の手柄を相手に与えるような気使い。一人で出来ることはないことを自覚し、協力して得意分野を出し合う。それと謙虚さ。
国も会社も国が良くなるため、会社が良くなるためと強い愛国・愛社精神を持つことが必要だと思う。